東亜:中国の改正反スパイ法と外資の法的防衛

2023年7月1日に施行された中国の改正反スパイ法は、その広範な適用範囲と曖昧な定義により、中国に進出する外国企業に重大な法的リスクと不確実性をもたらしています。国家安全保障を名目に通常のビジネス活動がスパイ行為と見なされる可能性があり、外資系企業の事業運営、データ管理、従業員の安全に直接的な影響を与えています。このため、外資企業は法的防衛策を講じ、リスクを軽減するための戦略的な対応が不可欠となっています。

改正反スパイ法の概要と外資への影響

中国で2023年7月1日に施行された改正反スパイ法は、「スパイ行為」の定義を大幅に拡大しました。従来の「国家機密」の窃取に加え、「国家の安全及び利益に関わる文書、データ、資料、物品」の窃取、探知、買収、不法提供もスパイ行為とみなされるようになりました。また、国家機関やインフラ施設へのサイバー攻撃も対象に含まれています。この定義の拡大は、通常のビジネス活動や市場調査、情報収集が恣意的にスパイ行為と解釈されるリスクを高め、2026年4月21日現在、外資系企業のビジネス環境に深刻な不確実性をもたらしています。特に、中国の法律では「国家の安全及び利益」の範囲が不明確であり、企業活動の予見可能性を著しく低下させています。

この法改正の継続的な影響は、専門家からも懸念が示されており、森・濱田松本法律事務所は2026年4月22日に「中国反スパイ法改正の概要及び今後の対応の留意点」と題したセミナーを予定しており、企業が直面する課題と対応策について議論される見込みです。

外資系企業が直面する具体的なリスクと事例

改正反スパイ法の下で、外資系企業は複数の具体的なリスクに直面しています。最も懸念されるのは、恣意的な法執行のリスクです。中国当局が「国家の安全及び利益」を広範に解釈することで、通常の商業活動で得られたデータや情報が「国家機密」とみなされ、企業や従業員が予期せぬ形で捜査や拘束の対象となる可能性があります。

実際に、過去には日本人が中国当局に拘束される事例が複数発生しており、2023年3月にはアステラス製薬の日本人社員がスパイ容疑で拘束され、2024年3月には起訴されたことが報じられました。 2026年4月13日に公開されたYouTube動画でも、日本人の拘束事例が増加傾向にあることが指摘されており、特に国家情報局が関与する情報戦の激化が背景にあると分析されています。 これらの事例は、中国で活動する日本人従業員が、意図せずスパイ行為とみなされるリスクに常に晒されていることを示しています。また、商業データが国家機密とされ、企業秘密が流出するリスクも高まっています。

中国政府の見解と外資誘致政策の矛盾

中国政府は、改正反スパイ法に対する国際社会の懸念に対し、「適時、適切、適度」な法改正であり、国家の安全を守るための正当な措置であると反論しています。また、この法律は通常のビジネス活動を対象とするものではなく、外国企業や個人が中国で合法的に活動する権利を保護すると主張しています。

しかし、一方で中国政府は外資誘致を積極的に進める政策を打ち出しており、2026年4月10日には商務省が外資企業へのサービス強化に関する指導意見を発表するなど、投資環境の改善に努める姿勢を見せています。 このような外資誘致政策と、安全保障関連法の強化による投資リスクの増大という二律背反の状況は、外資系企業にとって大きな矛盾として映っています。安全保障を優先する姿勢が、結果的に外国からの投資を遠ざける可能性が指摘されています。

外資系企業のための法的防衛策と実務対応

改正反スパイ法のリスクを軽減するため、外資系企業は包括的な法的防衛策と実務対応を講じる必要があります。まず、社内のコンプライアンス体制を再構築し、中国の法律、特にサイバーセキュリティ法、データ安全法、個人情報保護法の「三法一体」運用を厳格に遵守することが不可欠です。これらの法律は、データの収集、保存、処理、越境移転に関する詳細な規制を定めており、違反は反スパイ法のリスクを高める可能性があります。

具体的には、機密情報や商業データの管理を厳格化し、アクセス権限の制限、暗号化、定期的な監査を実施することが求められます。また、従業員に対する定期的な教育と研修を通じて、反スパイ法の概要、具体的なリスク、および緊急時の対応手順を徹底することが重要です。特に、出張や現地での情報収集活動における注意点を明確にし、不必要なリスクを回避するためのガイドラインを設けるべきです。

緊急時の対応計画の策定も不可欠です。従業員が拘束された場合や、企業が捜査対象となった場合の連絡体制、法的支援の確保、広報戦略などを事前に準備しておく必要があります。

さらに、日本の国家情報局設立に向けた動きも、日本企業の中国での活動に間接的な影響を与える可能性があります。2026年3月16日には、インテリジェンス機関強化法制に関する議論が進められ、2026年2月20日には外国代理人登録制度についての意見書が発表されるなど、日本国内でも情報保全とスパイ対策への意識が高まっています。 これらの動きは、日本企業が中国で活動する上での情報管理や従業員の行動規範に、より一層の慎重さを求める要因となるでしょう。

Reference / エビデンス