欧州:環境規制の強化と域内産業保護政策の整合性

欧州連合(EU)は現在、気候変動対策と産業競争力の両立という、かつてない政策転換の只中にあります。エネルギー価格の高騰や国際競争の激化を背景に、従来の環境重視路線から、域内産業の保護と強化を重視する「クリーン産業ディール」へと大きく舵を切っています。本稿では、2026年4月6日時点での欧州における環境規制と産業保護政策の整合性に関する最新動向を、欧州産業加速法(IAA)の提案、炭素国境調整メカニズム(CBAM)の本格適用、そして循環経済法(CEA)の策定動向を中心に詳報します。

欧州産業加速法(IAA)による域内産業保護と脱炭素化の推進

2026年3月4日、欧州委員会は「産業加速法(Industrial Accelerator Act:IAA)」案を発表しました。この法案の主な目的は、EU域内産業基盤の強化、戦略的自律性の向上、および脱炭素化の加速です。IAAは、クリーン産業ディールの一環として提案され、経済安全保障と再工業化の観点を強く取り入れています。

IAA案では、公共調達や公的支援において「Made in EU」および低炭素要件が導入される点が注目されます。具体的には、鉄鋼、セメント、アルミニウム、自動車、バッテリー、太陽光発電パネル、風力発電タービン、ヒートポンプ、原子力発電などのネットゼロ技術が対象となります。 例えば、アルミニウムは25%以上、セメントは5%以上についてEU原産かつ低炭素であることを求め、鉄鋼についても25%以上に低炭素基準の遵守を義務付けます。 さらに、EVについては、バッテリーを除いた部品の70%以上(価格ベース)をEU域内で調達しなければならないとされています。

特に、2026年3月13日に発表された方針では、EV補助金が「EU原産のみ」に限定されることが示されました。 これは、社用車のグリーン化に係る規則案の「域内産」要件を定義するもので、域内産小型EVへの「スーパークレジット」付与も「EU原産のみ」に限定されます。 これらの措置は、EU域内産業の需要を創出し、国際競争力を強化することに寄与すると期待されています。IAAは、製造業のGDP比率を2024年の14.3%から2035年までに20%へ拡大する目標を掲げています。

炭素国境調整メカニズム(CBAM)の本格適用と貿易への影響

2026年1月1日、炭素国境調整メカニズム(CBAM)は本格フェーズへと移行しました。 移行期間中(2023年10月〜2025年12月)は、輸入品に含まれる排出量の報告義務のみが課されていましたが、本格適用後は、排出量に応じた「CBAM証明書」の購入・償却、および第三者検証の義務化が導入され、実務上の負担が大きく変化します。 CBAMは、EU域内排出量取引制度(EU ETS)との整合性を図り、カーボンリーケージ(炭素排出量の多い産業がEU域外に移転すること)の防止とEU域内産業の競争力維持を目的としています。

しかし、この本格適用に対して国際的な懸念も表明されています。2026年4月9日に発表された米国通商代表部(USTR)の「外国貿易障壁報告書」は、CBAMの本格実施を新たな貿易障壁として指摘しました。 USTRは、詳細な実施規則が2025年中旬まで公表されなかった点や、第三者検証機関の不足、デフォルト値に懲罰的な上乗せが含まれる点などを具体的に批判しています。

循環経済法(CEA)の提案と産業競争力強化への期待

2026年第4四半期に提案が予定されている「循環経済法(Circular Economy Act:CEA)」は、産業の競争力強化と脱炭素化の同時推進を目的としています。 CEAは、2025年2月に欧州委員会が採択した「クリーン産業ディール」の一環として位置づけられています。

具体的な施策としては、循環型製品や二次原料、廃棄物の自由移動の実現、高品質リサイクル品の供給増加と需要刺激、電子電気廃棄物(e-waste)関連規制の改定などが挙げられます。 また、廃棄物の終わり(EoW)基準の調和化促進や、リサイクル材・バイオベース材の使用強制なども想定されています。 これらの取り組みは、EU域内での資源効率向上と新たなビジネスモデル創出に貢献し、2030年までに循環型材料の使用率を現在の11.8%から24%に引き上げることを目標としています。

欧州グリーンディール産業計画と政策転換の背景

EUの政策は、2019年12月に発表された「欧州グリーンディール」に端を発し、2050年までの気候中立達成を目指してきました。 しかし、2024年以降は「産業競争力の強化」へと明確に舵を切っています。 この政策転換の背景には、米国が2022年8月に成立させた「インフレ削減法(IRA)」への対抗策があります。 これを受け、欧州委員会は2023年2月に「グリーン・ディール産業計画」を発表し、ネットゼロ産業の競争力強化と気候中立への迅速な移行を支援する方針を示しました。

さらに、2025年2月には「クリーン産業ディール」が打ち出され、脱炭素化と産業競争力の両立を目指す包括的な戦略として位置づけられています。 この政策転換を促した要因としては、ロシアによるウクライナ侵攻後のエネルギー価格の高騰、中国製EVの台頭による域内産業の競争力低下、そして欧州議会選挙を受けた政治情勢の変化などが挙げられます。EUは、安価で安定したエネルギーの確保、公共調達を活用した市場形成、資金調達と投資促進の強化、循環経済と重要原材料へのアクセス向上などを通じて、気候中立を目指しつつ産業の国際競争力と経済成長の維持を本格的に追求しようとしています。

Reference / エビデンス