中国・東アジアにおけるSNS・ネット世論による外国企業排斥事例の分析
2026年5月3日、中国および東アジア市場において、SNSやインターネット上の世論が外国企業の事業活動に与える影響は依然として大きく、企業は複雑なリスクに直面しています。特に、新疆綿問題を巡るH&Mへの排斥と、文化侮辱問題に端を発したドルチェ&ガッバーナ(D&G)への不買運動は、オンライン上の感情が不買運動、店舗閉鎖、市場からの撤退といった具体的な影響に繋がり得ることを示す顕著な事例です。本稿では、これらの事例を詳細に分析し、2026年5月3日時点での外国企業が直面するリスクと、それに対する効果的な対応戦略を考察します。
H&Mの新疆綿問題と中国ネット世論による排斥
2021年3月、スウェーデンのアパレル大手H&Mが新疆ウイグル自治区での強制労働疑惑を理由に新疆綿の使用停止を発表したことは、中国のSNS上で激しい不買運動を引き起こしました。この発表は、中国の主要なオンラインプラットフォームからのH&M製品の削除、実店舗の閉鎖、そしてブランドイメージの深刻な毀損へと発展しました。
2026年5月3日現在、H&Mは中国市場において大幅な事業規模の縮小を余儀なくされています。かつて500店舗以上を展開していましたが、2026年初頭には約158店舗にまで減少しており、さらなる店舗閉鎖も計画されています。 例えば、2026年2月には香港銅鑼湾の旗艦店が閉鎖され、南京市内のH&M店舗も相次いで閉店し、同市から撤退する可能性も報じられています。
しかし、H&Mグループ全体の2025会計年度(2025年11月30日終了)の業績を見ると、現地通貨ベースでの純売上高は2%増加し、営業利益は6.29%増の183億9500万スウェーデンクローナ(約3127億円)を記録、営業利益率は8.1%に改善しています。 これは、売上高の急増ではなく、徹底したコスト管理と在庫最適化によるものであり、同社が「店舗大脱走」とも称される大規模な店舗閉鎖を通じて、より健全な財務体質への転換を図っていることを示唆しています。 H&Mは、デジタルと実店舗を統合するオムニチャネル戦略を推進し、小規模で業績の振るわない店舗を閉鎖し、より大規模な「ブランドの要塞」店舗を構築することで、小売ネットワークの最適化を進めています。 中国市場は依然としてH&Mにとって重要な市場と位置付けられており、消費動向を綿密に監視しているとされています。
この新疆綿問題は、H&Mだけでなく、ナイキやアディダスといった他のアパレルブランドにも不買運動が波及し、中国消費者の国内志向が加速する可能性を示しました。 企業は、西側諸国の人権問題への懸念と、巨大な中国市場へのアクセスという「踏み絵」を迫られる状況が続いています。
ドルチェ&ガッバーナの文化侮辱問題と中国での事業停止
2018年11月、イタリアの高級ブランド、ドルチェ&ガッバーナ(D&G)が公開したプロモーション動画と、デザイナーのステファノ・ガッバーナ氏によるSNS上での差別的発言が中国のネット世論で大炎上しました。この問題は、上海での大規模なファッションショーの中止、中国人著名人によるボイコット、そして主要なECサイトや実店舗からのD&G製品の排斥へと急速に発展しました。 この騒動により、D&Gは中国市場で約4億ユーロ(約512億円)規模の市場を危機に晒したと推計されています。
2026年5月3日現在、D&Gは中国市場での回復に向けて静かに再拡大を進めています。2022年以降、上海、蘇州、広州、南京、武漢といった主要都市で新たな旗艦店をオープンしています。 しかし、依然として天猫(Tmall)や京東(JD.com)といった中国の主要ECプラットフォームではD&G製品の取り扱いがなく、長年にわたりメディア露出やインフルエンサーによるプロモーションもほとんど見られません。
中国市場での苦境とは対照的に、D&Gの全体的な売上高は成長を続けています。2022年には売上高が16億ユーロ(前年比27.5%増)に達し、2025会計年度には約19億ユーロを記録しました。 この成長は主に中国以外の市場、特に北米(2025年には売上高の28%を占める)と中東市場によって牽引されています。 D&Gはマーケティングの焦点を移し、ハイエンドのオートクチュールコレクションに投資することで、世界中の富裕層顧客を獲得しています。
D&Gの事例は、他の高級ブランドにとって、文化的な無理解が引き起こすオンライン上の反発がいかに迅速かつ深刻な結果をもたらすかを示す重要な教訓となっています。 2026年現在、中国の消費者はますます洗練され、「ロゴ」よりも素材や仕立て、そして「真の価値」を重視する傾向が強まっています。 また、「国潮(グオチャオ)」と呼ばれる国産ブランドへの支持が高まり、科学的な機能性を重視する「成分主義」が台頭するなど、消費者の意識は大きく変化しています。
東アジアにおけるSNS・ネット世論の影響と外国企業の対応戦略
H&MとD&Gの事例が示すように、中国を含む東アジア市場においてSNS・ネット世論が外国企業に与える影響は多岐にわたります。その特性として、国家主義的な感情や文化的な感受性に基づく迅速かつ広範な不買運動が挙げられます。 さらに、中国政府による規制強化も無視できません。2026年4月には、外国企業がサプライチェーンを中国国外へ移転することを実質的に制限する「デカップリング防止」規定が導入され、違反企業や幹部に対して出国禁止などの措置が取られる可能性も指摘されています。 また、サイバーセキュリティ法、データ安全法、個人情報保護法という「三法一体」の厳格なデータ管理体制への準拠が求められ、違反には業務停止や営業許可取り消しといった行政・信用上のペナルティが課される可能性があります。
中国の消費者行動も変化しており、2026年の消費トレンドとして「理性と感性の共存」が挙げられます。 消費者は高額商品の購入を控え、コストパフォーマンスを重視する「理性消費」と、ストレス解消や自己満足のための「情緒消費」を使い分けています。 特にZ世代は、ブランドイメージよりも製品の品質や科学的機能性を重視し、国産ブランド「国潮」への支持を強めています。 中国当局は、「寝そべり」のような無気力な若者を指すネット上の投稿を「反中勢力による世論工作」と批判し、若者に「信じてはいけない」と呼びかけるなど、オンライン上の言論統制も強化しています。
このような状況下で、2026年5月3日現在、外国企業が取るべき対応戦略は以下の通りです。
リスク管理戦略
まず、データ越境移転、輸出管理、環境規制など、頻繁に変更される中国の規制動向を継続的にモニタリングし、現地法律事務所やコンサルティングファームとの連携を通じて早期に察知し対応できる体制を構築することが不可欠です。 また、米中対立の長期化を背景に、製品、技術、人員の管理を明確に分ける「デリスキング(リスク軽減)」のアプローチを検討し、サプライチェーンの多様化を進める必要があります。 さらに、従業員の拘束リスクにも備え、危機管理広報の観点から、万一の事態に備えた報道対応計画を策定しておくべきです。
広報・ローカライズ戦略
文化的な摩擦を避けるためには、現地の文化に対する深い理解と敬意が最も重要です。旧正月などの祝祭日に対する表面的なアプローチは、創造性に欠ける、あるいは文化的にステレオタイプなものとして受け止められ、逆効果になる可能性があります。 製品開発においては、「理性消費」のトレンドに合わせ、ブランドイメージだけでなく、製品の「真の価値」や科学的機能性を強調することが求められます。 現地の才能を積極的に活用し、中国の文化遺産を現代的な文脈で再解釈するようなアプローチが、消費者の共感を呼ぶでしょう。 また、情報過多の時代において、認知から体験に至る深いコンセンサスを消費者と構築することが、ブランドが長期的な優位性を築くための根本となります。 政治的に微妙な問題に対しては、中立的な姿勢が侮辱と受け取られる可能性もあるため、慎重かつ戦略的なコミュニケーションが求められます。
SNS上での炎上対策
SNS上での炎上を未然に防ぐためには、ソーシャルメディアの動向を常に監視し、ネガティブな感情の兆候を早期に検出することが重要です。万一炎上が発生した際には、迅速かつ誠実な謝罪が求められますが、一度失われた信頼の回復には非常に長い時間と努力が必要となることを認識すべきです。 現地の文化を深く理解したチームを配置し、コミュニケーションを管理することが不可欠です。また、中国のサイバーセキュリティ法、データ安全法、個人情報保護法からなる「三法一体」のデータ管理システムに完全に準拠することで、法的および評判上のペナルティを回避する必要があります。
Reference / エビデンス
- H&M blasted on Chinese social media for stopping use of Xinjiang cotton | The Straits Times
- 【Pick Up Chinese News】中国国内でH&M不買呼びかける動き SNSで
- 中国 H&Mの不買運動広がる、“人権問題で制裁”への反発か - YouTube
- Chinese Social Media Cancels Companies Over Xinjiang Cotton Boycott - Lawfare
- H&M faces boycott calls in China for Xinjiang cotton policy over Uyghur - Axios
- ドルチェ&ガッバーナが中国侮辱騒動でショー中止、不買運動も - Record China
- 「中国侮辱」のドルチェ&ガッバーナ、ハッカーの仕業と主張 - NewSphere
- Chinese campaign to boycott Dolce & Gabbana mounts as co-founders issue apology
- 「ドルチェ&ガッバーナ」デザイナーが中国を侮辱したとして上海のショー中止 ハッキングと主張
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- 外資は中国から大規模に撤退しているのか?―中国メディア - Record China
- 外資は中国から大規模に撤退しているのか? --人民網日本語版--人民日報
- 加速する外資企業の中国撤退-事業のグローバル再編の一環として - RIETI
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