米国対外投資審査制度の背景と進化
米国は、国家安全保障上の懸念から、特定の技術分野や国への対外投資を制限する制度の構築を急速に進めている。特に米中間の覇権争いが激化する中、米国の資本と専門知識が、潜在的な敵対国の軍事力強化に利用されることを防ぐという明確な意図がある。
これまでの法整備の経緯を見ると、2018年の外国投資リスク審査現代化法(FIRRMA)は対米投資(インバウンド)の審査を強化したが、対外投資(アウトバウンド)への規制は当初含まれていなかった。 その後、議会では国家重要能力防衛法(NCCDA)のような対外投資審査メカニズムを確立するための議論が重ねられた。
暫定的な措置として、大統領令が発令されてきた。2020年11月には大統領令13959が発令され、特定の中国軍事企業への米国人による投資が禁止された。 2021年6月の大統領令14032はこれを拡大し、対象企業を増やし、「中国軍事産業複合体企業」の定義を明確化した。
そして、2023年8月9日には大統領令14105が発令され、財務省に対外投資審査(OIR)プログラムの確立を指示した。これは、特定の機微な技術分野における「懸念国」(現時点では中国、香港、マカオを含む)への米国人による投資を規制するものである。 この大統領令に基づくOIR最終規則は2025年1月2日に施行され、具体的な「禁止取引」と「通知取引」の枠組みが定められた。
さらに、2025年12月18日には「2025年包括的対外投資国家安全保障法(COINS法)」が2026会計年度国防権限法(NDAA)の一部として成立した。 この法律は、大統領令による暫定的な措置から一歩進み、対外投資審査メカニズムに恒久的な法的根拠を与えるものであり、国家安全保障上の懸念から特定の技術分野への対外投資を制限する米国の姿勢を明確にしている。
主要な法令と規制の枠組み
米国の対外投資審査制度は、大統領令14105に基づく対外投資規則(OIR)の最終規則(2025年1月2日施行)と、2025年12月18日に成立した「2025年包括的対外投資国家安全保障法(COINS法)」によってその法的枠組みが構築されている。
OIR最終規則は、主に以下の要素を規定している。対象となる「懸念国」は現時点では中国(香港およびマカオを含む)である。 「U.S. person」とは、米国市民、永住権保持者、米国法に基づいて組織された事業体、または米国内にいるあらゆる個人を指す。 「対象外国人」とは、懸念国の法律に基づいて組織された事業体、または最終的な親会社が懸念国の法律に基づいて組織されている事業体、あるいは懸念国の政府または国民が50%以上の議決権を保有する事業体などが含まれる。
「対象取引」は「禁止取引」と「通知取引」に分類される。「禁止取引」は、米国人が、先端半導体・マイクロエレクトロニクス、量子情報技術、特定の人工知能システムに関連する活動を行う対象外国人に対して、特定の権利(株式持分、転換社債、特定の知的財産ライセンスなど)を付与する投資を行うことを禁じる。 一方、「通知取引」は、同じ機微技術分野におけるその他の特定の活動を行う対象外国人への投資について、財務省への通知を義務付けるものである。
対象となる技術分野は、先端半導体・マイクロエレクトロニクス、量子情報技術、人工知能システムに限定されている。
この対外投資審査メカニズムは、対米外国投資委員会(CFIUS)が対米投資(インバウンド)を審査するのと対照的に、米国からの対外投資(アウトバウンド)を審査するため、「Reverse CFIUS」とも呼ばれている。 COINS法は、この対外投資審査に恒久的な法的基盤を与えるものであり、国家安全保障上のリスクを伴う対外投資を阻止するための米国の取り組みをさらに強化するものと見られている。
2026年4月前後の最新動向と輸出管理規則(EAR)との連携
2026年4月、米国は対外経済制裁と特定企業への輸出規制措置に関して、引き続き戦略的な調整を行っている。特に、米国商務省(BIS)は、AIチップの輸出規制において、高度なAIチップが懸念国の軍事近代化に利用されることを防ぐための戦略的調整を継続している。
2026年4月4日時点では、北米における対外経済制裁と特定企業への輸出規制措置に関する最新動向が発表されており、米国政府が進化する地政学的状況に適応するため、規制対象リストと技術リストを積極的に監視・更新していることが示されている。 4月7日時点でも同様の動向が確認され、輸出規制の厳格化が続いている。 さらに、4月12日時点でも、軍事転用可能なデュアルユース技術に関する輸出規制について、継続的な警戒と新たな措置の可能性が指摘されている。
特に日本企業が留意すべきは、2026年11月10日以降に自動的に再適用される予定の「Affiliates Rule(50%ルール)」である。 このルールは、米国人または米国企業が外国企業の50%以上を所有している場合、その外国企業も特定の輸出管理規則の目的上「U.S. person」とみなされるというものである。 これは、米国企業の海外子会社であっても、米国の輸出管理法規の対象となる可能性があり、コンプライアンスの範囲を大幅に広げることになる。
これらの対外投資審査制度と輸出管理規則(EAR)は、米国の国家安全保障を保護し、機微な技術が不適切な手に渡るのを防ぐための補完的なツールとして機能している。 OIRが資本の流れに焦点を当てる一方で、EARは機微な物品、ソフトウェア、技術の輸出、再輸出、移転を管理する。 EARにおける「Affiliates Rule」は、米国企業の海外子会社が米国の輸出管理にどのように準拠すべきかに直接影響を与え、包括的な規制網を形成している。
日本企業への影響と今後の留意点
米国の対外投資審査制度は、日本企業および日系企業に多岐にわたる影響を及ぼす。特に、米国人が関与する取引においては、日本企業もその規制の対象となる可能性があるため、細心の注意が必要である。例えば、米国人投資家、従業員、または取締役が関与する取引で、対象となる技術分野や懸念国への投資を行う場合、OIRの審査対象となる可能性がある。
また、米国企業の日本子会社も間接的に影響を受ける可能性がある。特に2026年11月10日以降に再適用される「Affiliates Rule(50%ルール)」は、米国親会社が日本子会社の50%以上を所有している場合、その日本子会社も米国の輸出管理規則の対象となることを意味する。 これにより、日本子会社が対象となる技術や国への投資を行う際に、米国の規制に準拠する必要が生じる。
米国は、G7広島サミット声明でも示されたように、同盟国に対し、同様の対外投資審査制度の導入を要請しており、国際的な規制の連携が進む可能性がある。 これは、日本企業がグローバルな事業展開を行う上で、各国の規制動向を注視する必要があることを示唆している。
2026年3月19日の日米首脳会談では、日米合意に基づく第2陣の投資プロジェクトが発表され、重要鉱物サプライチェーンに関する協力強化が合意された。 これは、特定の国への依存度を低減し、経済安全保障を強化するための戦略的な動きであり、日本企業もこの流れに沿った事業戦略の再構築が求められる。
日本企業が今後取るべき対応策としては、まず、投資対象やパートナー、サプライチェーンに対する徹底したデューデリジェンスを実施し、米国の対外投資規制への潜在的なエクスポージャーを特定することが不可欠である。 次に、米国の対外投資規則とEAR、特に「Affiliates Rule」を考慮に入れた、堅牢な社内コンプライアンスプログラムを策定・実施する必要がある。 複雑かつ進化する規制環境を乗り切るためには、専門家による法的助言を求めることも重要だ。 定期的なリスク評価と、機微な技術や懸念国への投資に関連するリスクの軽減策を講じることも求められる。 最終的には、これらの規制が事業戦略に与える長期的な影響を考慮し、サプライチェーンや投資先の多様化を含めた戦略的な計画を立てることが肝要となる。
Reference / エビデンス
- 米国の対外投資規制と米中デカップリングの今後 | PwC Japanグループ
- 米国の対外投資規制の概要(2026年4月) | 調査レポート - 国・地域別に見る - ジェトロ
- 米国の対外投資規制の概要 - ジェトロ
- 米国 2025 年包括的対外投資国家安全保障法(米国防権限法 2026 に包含)の概要
- 米国の対中投資規制に関する最終規則の公表 | 著書/論文 | 長島・大野・常松法律事務所
- 米国の対外投資規制に関する大統領令 - アンダーソン・毛利・友常法律事務所
- 外資に関する規制 | 米国 - 北米 - 国・地域別に見る - ジェトロ
- 〈2〉 米国 FIRRMA(外国投資リスク審査現代化法) 及びその改正下位規則の概要
- 米国の対外投資規制と米中デカップリングの今後 | PwC Japanグループ
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- 米の対中投資規制、年内に策定完了へ=商務長官 | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト
- 米国の対外投資規制に関する大統領令 - アンダーソン・毛利・友常法律事務所
- 北米:対外経済制裁と特定企業への輸出規制措置の最新動向(2026年4月7日時点) - Vantage Politics
- 北米:対外経済制裁と特定企業への輸出規制措置の最新動向(2026年4月4日) - Vantage Politics
- 2026年米Affiliates Rule復活への実務対応|50%ルールの要点解説 - 赤坂国際法律会計事務所
- 米国輸出管理規則(EAR)の基礎知識と2025年9月改正法への備え | コンプライアンスチェック | TSR-PLUS
- 【2026年対応必須】輸出管理規制の大変革 — 項目別対比表とEARアフィリエイト・ルールを徹底解説 | TIMEWELL
- 北米における対外経済制裁と特定企業への輸出規制措置の最新動向 - Vantage Politics
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- 米国の対中投資規制に関する最終規則の公表 | 著書/論文 | 長島・大野・常松法律事務所
- 米国の対外投資規制に関する大統領令 - アンダーソン・毛利・友常法律事務所
- 日米首脳会談実施、日米合意に基づく第2陣の投資プロジェクトを発表、重要鉱物でも協力強化(日本、米国) | ビジネス短信 - ジェトロ
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