南方:TRIPS協定の特例と医薬品の強制実施権に関する2026年4月時点の最新動向

2026年4月21日、国際社会は、世界貿易機関(WTO)のTRIPS(知的所有権の貿易関連の側面に関する)協定が定める医薬品の知的財産保護と、公衆衛生確保のための柔軟性のバランスを巡る重要な岐路に立たされています。特に途上国(南方)にとって、医薬品へのアクセスは喫緊の課題であり、TRIPS協定の特例措置、とりわけ強制実施権の活用は、その生命線とも言えるメカニズムです。直近のWTO第14回閣僚会議(MC14)での議論は、この問題の複雑さと、今後の国際貿易・公衆衛生政策に与える影響の大きさを浮き彫りにしています。

TRIPS協定と強制実施権の基本概念

TRIPS協定は、医薬品発明を含む知的財産権の国際的な保護基準を確立し、加盟国に対し特許保護の義務を課しています。しかし、公衆衛生上の緊急事態や国家的な必要性がある場合、各国が特許権者の許諾なしに特許発明を実施できる「強制実施権」という柔軟な措置も認めています。この強制実施権は、医薬品へのアクセスを確保するための重要な手段として位置づけられています。

2001年に採択された「ドーハ宣言」は、公衆衛生保護を目的としたTRIPS協定の柔軟な解釈を明確に確立しました。この宣言は、各国が公衆衛生上の危機に対応するため、強制実施権を含むTRIPS協定の柔軟性を最大限に活用できることを再確認しました。

さらに、医薬品製造能力が不足する国々への輸出を目的とした強制実施許諾を可能にするため、TRIPS協定は2017年1月23日に改正議定書が発効しました。これにより、自国で医薬品を製造できない国でも、強制実施権を行使して製造された安価なジェネリック医薬品を輸入することが可能となり、医薬品アクセスの改善に大きく貢献することが期待されています。

途上国(南方)におけるTRIPS特例の適用と課題

途上国、特に後発開発途上国(LDCs)は、TRIPS協定の柔軟性を活用し、公衆衛生上の課題に対応してきました。LDCsに対しては、医薬品の特許付与・執行に関する義務の猶予措置が認められており、この猶予期間は2033年1月1日まで延長されています。

COVID-19パンデミック時には、ワクチンや治療薬へのアクセスを巡る知的財産権の一時的適用除外(waiver)が国際社会の主要な議題となりました。インドと南アフリカは2020年3月に、COVID-19関連製品の知的財産権を一時的に適用除外する提案をWTOに提出しました。

この提案は長期間にわたる議論の末、2022年6月のWTO閣僚会議で、COVID-19ワクチンの製造・供給に限定された知的財産権の柔軟な適用を認める決定がなされました。しかし、診断薬や治療薬については合意に至らず、これらの製品へのアクセスを巡る課題は依然として未解決のまま残されています。

途上国は、TRIPS協定の柔軟性を活用しようとする際に、製造能力の不足や、強制実施権の発動・運用における煩雑な手続きといった課題に直面しています。これらの課題は、医薬品へのタイムリーなアクセスを妨げ、公衆衛生上の緊急事態への対応を遅らせる要因となっています。

2026年4月時点の国際的な議論と今後の展望

2026年4月21日現在、TRIPS協定の特例と医薬品の強制実施権を巡る国際社会の議論は、新たな局面を迎えています。直近の2026年3月29日に閉幕したWTO第14回閣僚会議(MC14)では、途上国の医薬品アクセスを保護する上で極めて重要な「非違反申立て」に関するモラトリアムの期限切れの可能性が議論されました。

この「非違反申立て」モラトリアムは、加盟国がTRIPS協定に違反しない国内政策(例えば、公衆衛生上の理由で強制実施権を発動する政策)であっても、他国の貿易上の利益を損なう場合に、WTO紛争解決手続きの対象となることを一時的に停止するものです。この保護が失効すれば、途上国が公衆衛生のために強制実施権を行使する際に、先進国からの貿易制裁を受けるリスクが高まることになります。

市民社会団体は、このモラトリアムの失効が途上国の政策決定の自由を著しく制限し、医薬品へのアクセスを確保するための強制実施権の利用を躊躇させる可能性を強く警告しています。

今後の展望として、途上国は、公衆衛生上の必要性に基づき、TRIPS協定の柔軟性を最大限に活用できる政策空間を維持・拡大するための国際的な連携を強化する必要があります。また、医薬品の製造能力向上や、強制実施権の行使を円滑にするための国内法整備も喫緊の課題です。国際社会は、知的財産権の保護と、すべての人々が医薬品にアクセスできる権利との間で、より公平なバランスを見出すための継続的な対話と協力が求められています。

Reference / エビデンス